

こんにちは! Shinobuです。
大阪でデザイナーとしての経験を活かしながら、デザインを学ぶ方のサポートをしています。初心者さんでも「なるほど!」と思えるように、ポイントを整理しながらお話ししていきますね。
はじめに
「デザインの歴史」について、全3回のシリーズでお届けしています。
第1回では、社会の変化の中でデザインが生まれてきた歴史を。
第2回では、競争の中で「ブランド」がつくられてきた流れを見てきました。
そして今回は、最終回。
「シンプルが流行っているのはなぜ?」というテーマで、現代のデザインの姿に迫っていきます。
最近のロゴはどんどんフラットになり、装飾は減り、余白が増えています。
これは単なる流行りなのでしょうか?
いえいえ、実はそうではありません。
シンプルさには、ちゃんとした理由があるんです。
では今回も一緒に、その歴史を紐解いていきましょう。
情報が多すぎて、選べない時代
スマートフォンを開けば、SNS、広告、動画、ニュース……。
情報は休むことなく、次から次へと大量に私たちのもとへ流れてきます。
「現代人が受け取る1日の情報量は、平安時代の人の一生分なんて言葉も耳にしたことがある人もいるのでは。
便利な世の中になった一方で、わたしたちは常に「選ぶ」ことを求められています。
何を見るか。何を買うか。どこへ行くか。
でも、選択肢が増えれば増えるほど、かえって選べなくなることがあると思いませんか。
これを心理学では「選択のパラドックス」と呼びます。 提唱したのは、アメリカの心理学者バリー・シュワルツです。
彼の研究では、ジャムの種類を増やしすぎると、逆に購入率が下がるという実験結果が出ています。
選択肢が6種類のときは約30%が購入したのに対して、24種類に増やしたとたん、なんと購入率は約3%にまで落ちてしまったのです!

つまり「多い=いい」は、必ずしも正しくない。
選択肢が多すぎると、人は迷い、疲れ、結局何も選ばない、という状態になってしまうんです。
ここで登場するのが、シンプルなデザインです。
情報を整理し、「何が大切か」をすぐに伝える。
それがシンプルなデザインの、まず最初の役割です。
「どう選ばせるか」から「どう迷わせないか」へ
第2回でお話ししたように、ブランドとは消費者に「選ばれるための工夫」でしたね。
でも今はそのフェーズから進んで、少し状況が変わっているんです。
選択肢が多すぎる現代では、「目立つこと」よりも「迷わせないこと」のほうが重要になってきています。
かつてのデザインは、「どれだけインパクトがあるか」が勝負でした。
鮮やかな色、華やかな装飾、目を引くビジュアル、キャッチーなコピーライティング …。
見た人に強い印象を残すことが、デザインの仕事だったのです。
でも今は、そこだけを追いかけていれば良いわけではありません。
人々がすでに情報に疲れているからこそ、デザインには「何が大事かがすぐにわかる」「判断に時間がかからない」「ストレスが少ない」という特徴が求められるようになっています。
これは、デザインの目的そのものが変わってきた、ということでもあります。
「どう選ばせるか」から「どう迷わせないか」へ。
この変化こそが、現代のシンプルなデザインが生まれた大きな理由のひとつです。
ちなみに、こうした「人の行動を助けるデザイン」の考え方を「UXデザイン(ユーザーエクスペリエンスデザイン)」と呼びます。
見た目の美しさだけでなく、使う人の体験や感情まで設計するという考え方です。
これは今、デザインの世界でとても重要な考え方になっています。
※日本を代表するようなデザイナーは、昔からこの考え方を軸に活動していましたが、ようやく世の中一般にも浸透してきたという印象です。
技術もシンプルを後押ししている
シンプルなデザインが広まった背景には、技術の変化もあります。
スマートフォンが登場し、タブレット、スマートウォッチなど、わたしたちはさまざまな大きさの画面でサービスを使うようになりました。
そうした環境に対応するため、小さい画面でも見やすく、操作がわかりやすく、読み込みが速いことが求められるようになりました。

小さなモニタ画面の中では、複雑な装飾やたくさんの色は見づらくなります。
また、情報量が多すぎると、ページの表示が遅くなってしまいます(読み込みの遅いページを開いた時、諦めて戻るボタンを押しますよね!)。
そのため、シンプルな構造・シンプルなビジュアルが「使いやすさ」と「速さ」の両方を実現する、技術的にも合理的な答えになっていったのです。
また、シンプルなデザインは「時間を奪わない」という側面でも大切です。
読み込みが遅い、情報を探すのに迷う、操作でつまずく。
こうした小さなストレスは、積み重なると使う人を疲れさせてしまいます。 シンプルさは、見た目の問題ではなく、設計の問題でもあるんです。
シンプルは「やさしさ」である
ここまで見てきたように、シンプルなデザインには複数の役割があることがわかりましたね。
ユーザーの代わりに情報を整理したり、判断を助けたり、選ばせる時間を短縮したり。
これらをひとことでまとめるなら、「使う人への配慮」じゃないかなぁと思います。
どんなに美しいデザインでも、使う人が疲れてしまうなら、それは良いデザインとは言えません。
デザインは、最終的に人のために存在するものです。
シンプルとは、「減らすこと」ではなく、「相手にとって必要なものを選び取ること」。
そこには、見えにくいけれど、深い思いやりがあるのだと思います。
シンプルの奥にある「美意識」
ここで少し視点を変えて、シンプルなデザインの根っこにある「美意識」についてお話ししたいと思います。
現代のシンプルなデザインを語るとき、Appleの製品を思い浮かべる方も多いでしょう。
無駄をとことん削ぎ落とし、機能そのものを美しさにする。
あのスタイルは、世界中のデザインに大きな影響を与えました。
でも実は、「余計なものを取り除くことで大切なものが見える」という思想は、はるか昔から日本の文化の中にあったんです。
その考え方を世界に伝えた人物が、明治時代の美術家・思想家である岡倉天心(おかくら てんしん)です。
今の東京藝術大学の創立者の一人でもあります。
彼は1906年に「茶の本(The Book of Tea)」という書籍を英語で出版しました。
日本の茶道の精神を、西洋の読者に向けて紹介した本です。
茶室はとてもシンプルな空間ですよね。
飾りは少なく、余白が多く、静かで整っています。 でもそれは「足りない」のではありません。
大切なものを引き立てるために、あえて「引いた」結果なのです。

岡倉天心はこれを「不完全の美学」と呼びました。
余白や余地を残すことで、見る人の想像力が働く。
すべてを詰め込まないからこそ、かえって豊かになれる。
この考え方は、「茶の本」を通してヨーロッパのデザイナーや建築家たちにも深く響くことになります。
第1回でご紹介した、バウハウス最後の校長、ミース・ファン・デル・ローエの言葉「Less is more.(必要最小限のもので、最大限の豊かさを得る)」とも、深いところでつながっています。
シンプルとは、ただ削ることではなく、大切なものが見える状態をつくること。
そこには、静かで豊かな価値があります。
ちなみに、岡倉天心が活躍した明治時代は、日本が西洋に多くを学んでいた時代でもありました。
でもその一方で、日本の美意識が西洋に影響を与えていた面もある。
そして岡倉天心の仕事もまた、日本から世界へ届いた大切な贈りものだったと思います。
「茶の本(The Book of Tea)」は、そんなに分厚い本ではありません。
すぐに読むことができますから、日本に住む人であれば、ぜひ一度は読んでおきたい一冊です。
おわりに
3回にわたってお話ししてきた「デザインの歴史」シリーズも、今回で最終回になります。
振り返ってみると、デザインはいつも「社会の変化」とともに動いてきました。
第1回では、産業革命によって生まれた大量生産の時代に、「美しく機能するものをつくる」という問いが生まれたことを見てきました。
第2回では、競争の中で「選ばれるブランド」をつくるために、デザインが戦略的な役割を担うようになったことを見てきました。
そして今回、情報があふれる現代では、「迷わせないデザイン」「使う人を疲れさせないデザイン」へと、その役割がさらに変化してきていることをお伝えしました。
かつては「どう目立つか」が重視されていたデザインは、今では「どう迷わせないか」が重要になっています。
この変化こそが、現代のデザインの特徴です。
そして最初にお伝えしたことを、もう一度思い出してみてください。
歴史を知ることは、ただ過去を学ぶことではありません。
それは、「なぜこのデザインになっているのか」を理解することです。
なぜこの配置なのか。なぜその余白があるのか。なぜこの色なのか。
そうした理由を言葉で説明できることが、これからの時代のデザイナーにとって、とても重要な力になります。
生成AIが多くのビジュアルをつくれるようになった今だからこそ、「なぜそのデザインなのか」を伝えられる人が、本当に必要とされています。
見た目だけでなく、その背景にある意味まで考えること。
それこそが、デザインをつくる力につながっていきます。
このシリーズが、みなさんのデザインを見る目を広げるきっかけになれば、うれしいです。
3回お付き合いいただきまして、ありがとうございました!




